そもそも、姿勢は「保つもの」なのか
「姿勢が悪い」と気づいて、背筋を伸ばす。数十分後にはまた丸まっている。自分の意志が弱いからだと片付ける前に、一つ確かめておきたい。姿勢とは、そもそも力で保ち続けるものなのだろうか。
朝は伸びているのに夕方に丸まる、その崩れ方には順番がある
丸まり方には順番がある。先に落ちるのは骨盤で、これが後ろに倒れると腰の丸みが消える。土台が傾けば、その上に積まれた背中は追従するしかない。そして最後に、頭が前へ出る。
夕方に「背中が丸い」と感じている時点で、三段階はもう終わっている。背中だけを起こしても数分で戻ってしまうのは、崩れの出どころが二段下にあるからだ。
頭はおよそ5kg。前に出るほど首にかかる力は跳ね上がる
頭の重さは、成人でおよそ5kg前後といわれる。体格によって差はある。ボウリングの球がひとつ、首の上に乗っていると考えるとわかりやすい。
真上に乗っているあいだは5kgのままだが、前に傾くほど首が支える力は増えていく。前傾の角度から首の負担を計算した試算がいくつか知られていて、傾きが増えるほど負担は大きくなるとされる。ただしこれは力学モデルによる計算値で、実測ではない。問題なのは前に出た距離ではなく角度で、画面をのぞき込む数度の差が、そのまま首の負担に効いてくる。
「背筋を伸ばす」を意識で解こうとすると、たいてい長くはもたない
意識で伸ばすというのは、その5kgを筋肉で持ち上げ続ける作業にほかならない。資料に集中した瞬間、手綱は外れる。数分から十数分ももてばいいほうだろう。
つまり、意識で持ちこたえられなかったのではなく、持ちこたえ続ける前提のほうに無理がある。力を抜いたときに体が落ち着く位置——座面と天板と画面の高さが決めている位置——が前のめりなら、気合いはその都度そこへ引き戻されるだけだ。
座り方より先に、机と椅子の高さを数字で合わせる
姿勢を直そうとするとき、たいていは座り方から入る。
けれど座り方は、机と椅子の高さが決まったあとに残る自由度でしかない。
机が高ければ肩は上がるし、椅子が高ければ足は浮く。
その状態で背筋だけ伸ばしても、無理が別の場所に移るだけで終わる。
身長から座面高と机の高さを逆算する(目安の計算式)
机と椅子の高さには、昔から使われている目安の計算式がある。出所がはっきりしているものではないが、家具まわりで広く流通しているものだ。
- 座面高 = 身長 × 0.25
- 机の高さ = 身長 × 0.25 + 身長 × 0.183
身長170cmなら、座面がおよそ42.5cm、机がおよそ73.6cm。
オフィスチェアはたいてい座面高を調整できるので、170cmの人なら調整域の中ほどで収まることが多い。調整の幅は製品によって違う。
問題は机のほうで、既製のデスクは高さが固定されていることが多く、70cm台前半の製品をよく見かける。
つまり170cmの人は、計算値より数cm低い天板を使っていることが多い。
この差が効いてくるのは、身長が目安から離れる人だ。
155cmなら机は約67cm、185cmなら約80cm。
155cmの人には既製の机はむしろ高すぎ、185cmの人には8〜10cmほど足りない。
背が高い人ほど「椅子を下げて机に合わせる」方向に逃げるので、膝が窮屈になり、背中が丸まる。
肘・膝・股関節をおよそ90度に置く意味
数字を合わせた結果として、肘、膝、股関節がだいたい90度になっていれば合っている。
逆に言えば、この3ヶ所が確認用の目盛りになる。
肘が90度より開いていれば机が高い。
このとき肩は上がったままになり、僧帽筋が一日中軽く縮み続ける。
膝が90度より鋭ければ座面が低く、骨盤が後ろに倒れて腰が丸まる。
股関節が詰まる感じがあるなら、座面が低いか、奥行きが深すぎて浅く腰掛けている。
90度はぴったりでなくてよく、90〜100度あたりに入っていれば実用上は足りる。
足裏が床に届かないとき、何で埋めるか
机の高さが変えられないなら、椅子を机に合わせて上げるしかない。
その結果として足が浮く。ここで足をぶらつかせたまま座ると、体重の逃げ場が座面の前縁だけになり、太ももの裏が圧迫される。
床と足裏の隙間は、厚さのわかるもので埋める。
必要な高さは、座面を上げた分そのままだ。座面を5cm上げたなら5cm分の台がいる。
専用のフットレストでなくてもよく、高さが安定して沈まないものであれば用は足りる。
不安定なもの、たとえば柔らかいクッションやキャスター付きの箱は、足が常に微調整を強いられるので向かない。
埋める高さを測るときは、机に向かって実際に作業する姿勢で測る。
立った状態で測ると、座ったときの骨盤の沈み込み分だけ足りなくなる。
首の角度を決めているのは、椅子ではなく画面の位置
机と椅子を合わせても、首だけは別の話が残る。
肘が90度で足裏が床に着いていても、画面が低ければ頭は前に落ちる。首の角度を決めているのは、座面ではなく視線の先だ。
画面上端が目の高さか、やや下。その一点で見下ろし角が変わる
目安は単純で、画面の上端が目の高さか、そこから少し下。この位置だと視線はわずかに下を向き、首はほぼ立ったままになる。
逆に画面が10cm低いと、その分だけ頭が前に傾く。前のセクションで触れたとおり、頭は5kg前後ある。傾きは首の付け根で増幅されて効く。
台の高さは、モニターの脚の高さも含めて考える。スタンドが8cmあるなら、足す台は差分だけでいい。
ノートPC単体が構造的に首に不利な理由
画面とキーボードが一枚に繋がっている以上、画面を目の高さに上げるとキーボードも上がる。手を合わせれば画面が下がり、画面を合わせれば手が上がる。どちらかしか満たせない。
だから解き方は一つで、画面と手を切り離す。ノートPCを台に載せて、外付けのキーボードとマウスを手元に置く。スタンドだけ買って入力機器を後回しにすると、腕が浮いたまま肩がこる。買うなら同時に揃えたほうがいい。
キーボードとマウスを手前に置くと肩が落ちる
入力機器が奥にあると、腕を前に伸ばした姿勢で固定される。肩が上がり、背中が丸まり、結果として首も前に出る。
手前に引いて肘を体の横に置けると、肩の力が抜ける。数センチの話だが、8時間続くと差が出る。
ここまでで高さは揃う。ただ、揃った姿勢をそのまま何時間も保てるかというと、そこは別の問題になる。
正しい姿勢を守るより、崩れる前に動く方が続く
高さを合わせたのに、夕方にはやっぱり背中が丸い。そういうことは起きる。
同じ姿勢が長いこと自体が負担になる
座っている間、椎間板は上下から押され続けている。押されている時間が長いほど水分が抜け、抜けたぶんだけクッションが薄くなるとされる。立って歩くと戻る、という説明もよくされる。つまり負担を決めているのは角度だけではなく、同じ角度でいた時間のほうでもある。
だから、合わせた高さは「そこに居続けるための設定」ではない。崩れ始めるまでの時間を延ばす設定だと考えたほうが近い。合っていない机ならすぐに肩が上がるところが、合っていれば肩が上がり始めるまでの時間が延びる。延びたぶん、立つ回数を減らせる。
30〜60分ごとに区切りを入れる、現実的なやり方
30分ごとに立つ、と決めた人がそれを続けられた例をあまり聞かない。作業の途中で鳴るタイマーは、集中を切る罰のように感じられて、そのうち止められる。
区切りは、もともと作業の中にあるものに乗せるほうが残る。ビルドを待つ間、Slackを返す前、お茶が沸くまで、打ち合わせが終わった直後。その場で立って、肩を一度回して、視線を窓の外に投げる。20秒で足りる。ストレッチとして構えるより、椅子から尻を離す回数を稼ぐことのほうが効いてくる。
区切りの間隔は30分でも60分でもいい。守れなかった日に自己嫌悪が残る設定だけ避ける。
だらけた座り方を「禁止」ではなく「逃がし先」として使う
背もたれに深く寄りかかる、片肘をつく、足を組む。こうした座り方は姿勢としては褒められないが、同じ筋肉から荷重を外す動きではある。ずっとそれでいるのは困るが、数分そこへ逃がして、また戻るぶんには使える。
つまり、姿勢の目標は一つの形を保つことではなく、行き来できる形を二つ三つ持っておくことになる。基準の姿勢があるから、逃げた先から戻れる。基準がないと、逃げた先が定位置になる。
そしてこの「戻れるかどうか」は、机と椅子と画面の高さが合っているかどうかで決まってくる。合っていない机に戻るのは苦痛なので、人は戻らない。
高さを直した日から3ヶ月|何がどの順で変わっていくか
机と椅子をいじった当日、体が軽くなると思っていると、たいてい肩透かしを食らう。
むしろ、どこかが張る。
順番としては、それで合っている。
当日:違和感が出るのは正常。合っていない側が先に気づく
数センチ動かしただけで、これまで力を抜いていた場所と、抜いていなかった場所が入れ替わる。
座面を上げれば太ももの裏の当たりが変わり、画面を上げれば首の後ろではなく肩の上のほうに張りが出る。
長く縮んでいた側が伸ばされるので、先に声を上げるのは合っていなかった側になる。
違和感が出たときに元へ戻すと、何が原因だったのか判断できなくなる。
当日は数字どおりに置いたまま、どこが張るかだけ覚えておくほうがいい。
最初の1週間:戻ろうとする体と、微調整の落としどころ
数日経つと、気づけば以前の座り方に戻っている。
体は、正しい角度ではなく慣れた角度に帰る。
この時期の調整は、1回につき1ヶ所、幅は1cmから2cmまでに留める。
肘と机の高さを同時にいじると、どちらが効いたのかわからなくなるためだ。
張りが3日以上続く場所があれば、そこだけ動かす。
2、3日で引くなら、慣れの途中と見ていい。
1ヶ月〜3ヶ月:夕方の重さの出方が変わってくる
1ヶ月ほどで、変わるのは張りの強さより「出てくる時刻」のほうだ。
14時には重かったものが夕方まで持つ、という形で先に動く。
首にかかる力が下がった分が、1日の終わりの側から削れていくためである。
3ヶ月続けても、夕方に何も感じない状態にはならない。
同じ姿勢を続ける仕事である以上、疲れはどこかに出る。
変わるのは、翌朝まで残るかどうかのほうだ。
ここまでの調整には、椅子も台も買い足していない前提がある。
手持ちのもので、どこまで届くのか。
買い足す前に、家にあるもので試せること
ここまで読んで、椅子を買い替える話になると身構えた人もいるはずだ。
先に言っておくと、高さを合わせるだけなら、今日は一円も使わなくていい。
高さは数字の問題なので、その数字を埋めるものが手元にあれば、素材は何でもいい。
台・箱・タオルで代用できる範囲
足りない高さが2〜3cmなら、座面に畳んだバスタオルを敷く。
5cm前後なら、厚めのクッションか座布団で届く。
足裏が床から浮いている側は、A4のコピー用紙の箱が使える。中身が入っていれば足を乗せても潰れないし、置く向きを変えれば高さも選べる。高さは箱によって違うので、実際に測ってから使う。
画面の高さは、本を積むのが早い。
ノートPCなら数cm持ち上げるだけでも見下ろす角度は浅くなるので、文庫本を数冊重ねるところから試せる。ただしこの高さで画面上端が目の高さに届くわけではない。角度をいくらか戻すための暫定策だと思ったほうがいい。
代用では埋まらない不足はどこに出るか
崩れるのは、高さではなく安定のほうだ。
タオルは座り直すたびに位置がずれるし、本の山は指が当たると動く。
1週間くらいは気にならない。ひと月続けると、毎朝の座り直しが億劫になって、そのうち敷かなくなる。
もう一つ、机が高すぎる場合は代用が効かない。
座面を上げて肘を合わせると、今度は足が浮く。そこを箱で埋めると、今度は膝が窮屈になる。
足す方向の調整には限界があって、机そのものを下げるしかない場面が出てくる。
それでも一つ買うなら、どこから手を付けるか
順番は決まっている。まずフットレスト、次にモニター台か外付けキーボード。
足元が浮いたままだと、座面をいくら合わせても太ももの裏が圧迫されて、結局座り直しが増えるからだ。
椅子を買うのは、この2つを埋めて、それでも夕方に背中が丸まるときでいい。
まとめ|今日いじるのは3ヶ所でいい
朝はちゃんと座れているのに、夕方には背中が丸まっている。その原因を座り方の悪さに求めても、意識で持ち上げられるのはせいぜい数分から十数分だった。動かすべきは体ではなく、体が置かれている高さのほうだ。
触る場所は3つある。机と椅子の高低差、足裏の接地、画面上端の位置。順番も決まっていて、椅子の座面を先に決めてから机との差を見る。足が浮いたら台で埋める。最後に、画面上端が目の高さかやや下に来るところまでモニターを上げる。ノートPC単体だと、キーボードと画面が固定されている以上、どちらかは妥協することになる。
合わせた当日は、たいてい違和感が出る。今まで体のどこかが肩代わりしていた分が、正しい位置に戻って初めて自覚されるためで、これは合っている側のサインとして扱っていい。1週間かけて体が新しい高さを覚え、夕方の重さの出方が変わってくるのはそこから先になる。
それと、どれだけ数字を合わせても、同じ姿勢が2時間続けば結局は負ける。30〜60分で一度立つ区切りだけは、高さの調整と別枠で残しておきたい。
まずは足元に台を置いて、モニターの下に本を数冊重ねるところから試せる。それで夕方の感じが変わるなら、買うべきものの見当もそこで付く。

